SEIKYO online

環境報告書2009

SEIKYO onlineへ

社内環境教育

聖教新聞社は、職員一人ひとりが、(1)環境問題の現状を知り、学ぶ(2)自らの生き方を見直す(3)行動に踏み出すことをモットーに環境教育に努めています。


 聖教新聞本社では、年2回、各部のエコリーダーが中心となって、全ての部局で、環境マネジメントシステムの学習や環境意識の啓発を目的とした研修会を実施しています。また、外部の講師を招いて、管理職を対象とした環境研修会を開催しています。
管理職研修会の講師と講演内容(概要、講演順)
「エゴからエコへ・・・循環型社会への展望」とのテーマで鶴岡高専の小谷卓教授が講演(2004年8月25日)
<講演内容>
 昔、「ごみ問題」という言葉は、小さな事、つまらない事を表す言葉だった。しかし、今、「ごみ問題」という言葉は深刻かつ重大な言葉になっている。ごみ問題を次の3点からお話したい。(1)有史以来、人類は地球から資源の供給を受け、使用後の廃棄物を地球に返してきた。その廃棄物が地球の自浄能力を超えて地球を汚染していることを考えると、もうこれ以上、地球を汚さないという意識を持つべきである。(2)日本においては、「ごみを出す速度はごみを処理する速度を超えている」ということである。大量消費、大量廃棄型の生活様式はもう終わりにしなくてはいけない。(3)「未来の子孫に負の遺産を残してはならない」という視点である。
 意識が変われば行動は進む。今こそ「心こそ大切なれ」ということが問われている。
                  
「魂の宿るいのちの森づくり―日本から世界へ―」とのテーマで横浜国立大学の宮脇昭名誉教授が講演(2005年10月6日)
<講演内容>
 空気のようにいつもわれわれの周りにあると思っていた本物のいのちの森が日々失われている。これは、日本だけのことではない。今まで世界37カ国を足で調べた結果、地球上のほとんどの地域、アマゾンやボルネオ、バイカル湖周辺でも土地本来の森が失われている。地球上の砂漠・半砂漠の3分の2は、家畜の過放牧や急速に拡大した農地化、都市化などの開発による人間活動の結果できたものである。
 しかし、人間活動によってつくられた砂漠は、何としても回復しなければならない。厳しいけれど、十分な現地調査をおこない、生態学的な脚本にしたがって幼木を植えていけば、回復は可能である。潜在自然植生の主木を中心にした土地本来の樹種を、自然の森の掟にそって混植、密植する。トップとそれを支える3役5役の樹種が本物であれば、亜高木や低木も本物がついてくる。本物は、厳しい条件にも耐えて長持ちする。いのちを守る本物の森を、人類の未来のために、今すぐ足下から共に作っていきたい。
「富士山から日本を変える」とのテーマで、アルピニストの野口健氏が講演(2006年9月5日)
<講演内容>
 清掃登山をするきっかけは、エベレストに残された日本隊のゴミを他国の隊から指摘されたことから始まった。「日本は経済は一流かもしれないが、文化やマナーは三流だ」「エベレストを、マウント・フジのように汚すつもりか」と非難された。8000メートル付近の清掃登山は、過酷を極め、手伝ってくれたネパールのシェルパが3年間で3人亡くなった。「もうやめようか」と思ったが、皆が「なぜ命をかけてゴミを拾うのか、初めは分からなかった。でもゴミを拾っているうちに、自分の国がゴミだらけだったことに気がついた」さらに、「エベレストはネパールのシンボルだから、きれいにすれば、国も変わるかもしれない」と。それで続けることができた。かって、夏の富士山には“白い川”があるといわれていた。年間30万人の登山者。使用済みのトイレットペーパーが山肌に張り付いていた。麓の青木ケ原樹海は、不法投棄されたゴミの山だった。清掃登山を募集して1年目は約100人。拾っても拾ってもらちがあかない。やめようかとも思った。でも粘り強く行政やメディアに働きかけることにより、劇的な変化が起きた。3年目の清掃登山のときは、なんと6合目から上にはゴミがなかった。登山者の意識が変わった。一般の登山者がポケットからビニール袋を取り出してゴミを拾いながら下山していた。30万人の登山者が捨てればすぐゴミだらけになるけれど、30万人が一つ二つ拾うだけで実はすぐきれいになる。環境問題を突き詰めると結局は人間の問題に行き着く。だから、人間社会をどのように変えていくかが大切だと思う。富士山で起きていることは、全国で起きている問題。日本のシンボルである富士山でうまくいけば、この流れが全国へ波及するかもしれない。
「森から未来をみる」とのテーマで、作家のC・W・ニコル氏が講演(2007年9月4日)
<講演内容>
 日本は、北に流氷があって、南にサンゴ珊がある島国です。この対照的な二つが見られる国は、ほかにはありません。日本の生態系は、本当に豊かで素晴らしい。日本に来て一年目の夏のこと、ブナの原生林に入って感動したことがあります。英国の僕の育った地域にも、先祖が370年前に植えたブナ林がありますが、公園くらいの広さしかありません。 僕の国は、日本にあるような景色を破壊し失ってしまった。1982年頃、生まれ故郷の南ウェールズから、森を復活させているとの手紙が来ました。帰ってみたら感動した。炭坑で緑のなかったボタ山の上に森ができていました。森が回復したら、もともとあった場所にわき水が出始め、川がきれいになった。ウサギ、ハリネズミ、リス、シカ・・・動物も増えた。きれいな川にはサケが産卵に上ってきます。この様子を見て、僕は、自然破壊が始まっている日本でも小さくていいから森をつくろうと思ったのです。荒れて放置された山を買い、地元の人と森作りに取り組みました。そして「アファンの森」と名付けました。現在の日本は、金持ちになったけれど、幸せではない人が増えているように思います。養護施設にいる子どもたちのなかには、かって自分の親に虐待されたり、捨てられたり、食べ物を与えられなかったり、ひどい状況を経験している子どもがいます。私は、そんな子どもたちの心の窓を少しでも開けられたらと、森に子どもたちを招待しています。不思議なことに本当の笑顔が子どもたちに戻ります。日本の未来は子どもたちにかかっています。子どもが元気に暮らせる社会をつくるためには、建物だけでなく、自然を復活させなければだめなんです。美しい日本を見て、歩いて、食べて、話せば、僕がそうだったように、日本が大好きになります。美しい日本をつくりましょう。
「地球温暖化へ宣戦布告せよ」とのテーマで東京大学の山本良一教授が講演(2008年9月4日)
<講演内容>
 地球温暖化は「加速している」と言われていましたが、近年、「暴走」の兆候が現れ始めています。それは、北極海氷の減少に明らかです。今この瞬間にも、北極の氷は解けています。1日あたり5万平方キロ以上の海氷がなくなっているのです。昨年9月、北極ではビッグメルト(大融解)が起きました。北極海水が413万平方キロにまで減少してしまったのです。21世紀終盤に消滅するとの予想より、さらに早まっていることが分かり、世界の研究機関は戦々恐々となりました。北極海氷が解けて消えてしまうと、北米ではロッキー山脈以西に大干ばつが起こります。そればかりか、温暖化がさらに加速され、グリーンランド氷床の融解、北方寒帯林の枯死、西南極大陸の氷床崩壊などのおそれも指摘されています。今年、昨年並みに減少することは間違いありません。すでに温暖化の暴走は始まっていると言えるでしょう。今年は、アメリカを巨大ハリケーンが襲い、多くの人が避難を余儀なくされました。日本でも鉄道が止まるような集中豪雨が続けば、まともな経済活動を続けることができなくなります。この温暖化の加速に対し、取り返しがつかなくなる前に、いかに環境革命を実現するか。生き残りをかけた各国の戦いが始まっています。地球温暖化への宣戦布告――今こそ、この意気込みで対策を講じる必要があるのではないでしょうか。
「地球環境『危機』報告」とのテーマで、東京農業大学の石弘之教授が講演(2009年9月14日)
<講演内容>
 40年以上にわたり、新聞記者、国連機関職員、研究者、外交官などの立場で世界130カ国を訪問し、各地の環境問題の現場を見てきました。その感想を一言でいえば、「手がつけられないほど人間が暴走し、地球が限界に達している」ということに尽きます。人間活動の拡大はグローバル化を加速させ、さまざまな脅威が国境を越えて広がっています。今、環境問題といえば地球温暖化ばかりが注目されていますが、現実の地球環境「危機」は、さまざまな分野に広がっています。例えば世界の人口は約68億ですが、50年には92億人に達すると国連は予測しており、その増加の大部分は発展途上地域の人口です。その結果、発展途上地域から先進地域へ、農村から都市への大規模な人口移動が起きており、移民を受け入れた国では現在、移民排斥の動きや、それに反発する暴動やテロが広がっています。また、国連の食糧援助機関「世界食糧計画」によれば、国民の3人に1人が栄養不足状態にある国は世界20カ国以上あり、世界の飢餓人口は10億人に達しています。一方、世界では約16億人が太り過ぎの状態にあり、重度の肥満者が増加しています。世界中で飢餓と飽食の二極化が進行しており、それは貧富の格差の極端な拡大を意味しています。海洋環境の悪化も急激に進み、例えばマングローブ林の35%が消失し、04年のスマトラ沖津波被害を拡大させた原因にもなりました。重要な商業魚種の漁獲量は世界的に下がり続け、野生生物は自然に起こる絶滅の1,000倍以上の猛スピードで絶滅しています。人類が欲望のままに生きてきたツケを返すためには、今こそ自分自身を律する規範が求められています。特に環境破壊が人間自身の心の破壊から生じているのであれば宗教などのもつ役割はますます大きいと思います。
「動物の時間と環境問題」とのテーマで東京工業大学の本川達雄教授が講演(2010年9月7日)
<講演内容>
 今回は「生物学的な時間」という視点で、温暖化やエネルギーなどの地球環境問題について考えてみたいと思う。普通、時間といえばニュートンの「絶対時間」を思い浮かべる。時計の針は、常に同じ速度で進んでいる。時間は不変であると思っていたが、じつは動物の時間をもとにすると時間も変わるものなのである。ゾウとネズミを比べると、心臓が一拍するのにゾウは3秒かかるが、ネズミは0.1秒。ゾウの心臓が一拍している間に、ネズミの心臓は30回も打ってさかんに血液を送り、酸素と栄養を供給して活発な細胞の活動を支えている。つまり、ネズミの細胞は、同じ時計の時間内に多くの仕事をしており、これはいきていくペースが早いと言っていい。ゾウの寿命の約70年に比べ、ネズミの寿命は約3年であるが、一生に打つ心臓の回数(15億回)はほぼ同じである。動物においては「時間の進む速度がエネルギー消費量に比例する」という関係が成り立ち、エネルギーを使えば使うほど、時間は早く進んでいるといえる。この「生物学的な時間」を人間の社会生活にあてはめてみよう。私達は、便利な機器に囲まれて暮らしている。便利とは、早くできることである。車を使えば目的地に早く着ける。コンピューターを使えば、早く情報を集められる。そして、これらを作るにも使うにも莫大なエネルギーがいる。余計なエネルギーを使わない大昔の人より、ある意味で40倍も早い時間で私達は暮らしているといわれる。人間の体の時間は昔のままなのに、社会の時間ばかりが極端に早くなり、体が追いついていけなくなっていることが、おおきなストレスにつながっている。沢山のエネルギーを使いながら疲労感と焦燥感にさいなまれる現代社会。そして便利な生活を求め続けた結果が、エネルギーの大量消費により地球の寿命を縮める環境問題を起こしている。「便利=幸せ」という図式を、このあたりで見直すべきだ。過度の便利さは、かえって不幸のもとだと多くのひとが考えるようになれば、おのずと環境にやさしい社会に変わっていくだろう。

COPYRIGHT© SEIKYO SHIMBUN